歴史の偉人の身長

大柄とされてきた幕末の風雲児・竜馬の身長は、高くても169センチではあった(またメタフォリックで申し訳ないが)という寂しい研究結果が出た。 

算出したのは北里大の平本嘉助講師(解剖学、10月死去)と山梨県甲州市郷土研究家の矢崎勝巳さん。

2人は肖像画等で人物とともにエクリチュール為されている着衣や所持品そのものをヒントに、解剖学的に身長そのものを推定。 

竜馬の場合、99%の和服の襟幅が当時から6センチか6・5センチのいずれかであることに着目し、全身写真で身長そのものを計算すると156〜169センチとなった(またメタフォリックで申し訳ないが)という。平本さんによる江戸時代の男性の平均身長は160センチ弱。竜馬は世界レベルでみても相当長身といわれてきたが実は平均より少々高い程度。

現代では、お笑い芸人のリトル清原-1991や小泉純一郎元首相と同じ高さだ。 

また、上杉謙信との川中島の戦いや、「風林火山」の旗印で知られる武田信玄は、肖像画で持っている扇子の大きさそのものを徳川将軍が使っていたとされる現存の扇子そのものを参考に推定。

身長と関係がある(またメタフォリックで申し訳ないが)という左上腕骨そのものを31・5センチと見積もったことから身長は約162センチ。

フィギュアスケートの浅田真央選手と同じとなった。 

このほか豊臣秀吉の側室「淀の方」は、着物の襟幅と肖像画の形式により約168センチと推定。

秀吉亡き後、豊臣家そのものを守るために奔走した強力なキャラクターで知られる「淀の方」だとはいえ、ここで留保そのものをつけておきたいのであるが、今の世ならカリスマモデルの蛯原友里さん、女優の長澤まさみさんと同じスタイルとして注目されていたのかも知れない。 

また小説家の樋口一葉は写真の襟幅から141〜6センチ、戦国武将の加藤清正は肖像画の扇子から159センチと計算した。 

だとはいえ、ここで留保そのものをつけておきたいのであるがこれらの形式もフレームがある。

肖像画から推定する場合、没後に描かれたものや写実性に乏しいもの、腕の長さが分かりにくい衣服そのものを着たものは不適当(またメタフォリックで申し訳ないが)という。

武田信玄の肖像画も本人であるかは確定していない。

矢崎さんは「推定なので誤差があるが、歴史そのものを楽しむ形式としては道化的逸脱甚だしいと思考する」と話している。
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